製作記録

活版印刷やデザインなどの製作記録です

好きな本を作る

好きを仕事にして約10年、気づいたら好きなものがよくわからなくなっていた。

活版の良さを伝えるサンプルを作る感覚で、オリジナルアイテムを作り始めた。文具大好きというタイプではない私にとって、その制作は仕事としての側面が大きかった。販売することを考えたり、良さをどう伝えるか、など自分の好き以外を優先することも多い。

好きなテイストでも売れなければやめてしまうし、売り場に並んだときに見映えしないものは制作を断念したり。使いたい紙が高すぎて諦めたり、これは売れるのか?と悩んで方向性を変えることは少なくなかった。作った以上は売れなくてはならない。売れたら仕事は続けられ、また新しいものを作れる。自分のデザインが売れるのは嬉しいし、作り続けたいから、この判断は間違いではない。それでもずっと違和感があった。今まで作ってきたものはどれも製品として満足していて、胸を張って良いものだと言えるけれど、私だけが知っている意図や諦め、方向転換があって、手放しに「好き」と言えるものはなかった。

 

コロナ禍をきっかけに、考える時間が増えた。ものづくりについて、売ることについて、活版について、社会について、自営業について、生きていくことについて、いろいろ考えた。

SNSがうまくできなくなって、本もあまり読めなくなって、考えが空中分解していくような日々を経て、それでも考えていた。考えが少しずつまとまり、社会を見直して思ったのは、「好きなものを作りたい」ということだった。

 

私は小さい頃からひとりでいる時間が好きで、「誰にも理解されない」という安心を宝物のようにずっと握りしめている。

大人になるにつれ生きづらいと思う回数は増えた。でも本を読むときはいつも一人で良いし、作者と意見が違っても作者から怒られることもない。そこにいない人にひとりで共感し、その人の気持ちを見て私と違う考え方なんだなぁと知る。孤独で自由で楽しい。本は、作者と理解し合わなくて良い。違いを知り、楽しむことができる。

 

誰にも理解されなくても、ただ好きだと思えるものを作らないと私がだめになってしまう。

とにかく自分のために、大好きな活版印刷で、ずっと好きだった宮沢賢治作品を、小さな頃から好きな本を作ることを決めた。

 

宮沢賢治作品が好きな理由の一つが、ことばとしての気持ちよさだ。国語の音読がとても好きだった。教科書の文字が声にのって形になって、世界になって溶けていく気がして好きだった。

雪渡りを国語の授業でやったときに、宮沢賢治という作家が好きになった。

宮沢賢治の作品は、文字がそのまま風景になり、世界になっていくような感覚がある。

雪渡り、月夜のでんしんばしら、オツベルと象風の又三郎…活字のやわらかな雰囲気と合う世界とはなにか、、、

宮沢賢治の作品を何度も読んで、『やまなし』にしようと決めた。

 

『やまなし』は販売価格を決めずにとりあえずスタートした。販売価格が決まると予算が決まってしまう。予算のために諦めたり変更したくなかった。自分に嘘偽りなく好きだといえるものを作るために七転八倒した記憶はあれど、諦めたことはひとつもなかった。

紙選びも、製本方法も、サイズも、文字組みも、印刷も、絵も、表紙も、本という形にするいろんな要素を私の思うやまなしの世界に合わせて選び取っていったけど、すごくめんどくさくて大変で、本当に完成するのだろうかと途方に暮れた。一回決めたものを覆すことも何度もあったし、効率がよくないことだらけだった。最終的に販売するつもりとは思えないほど道のりはぐちゃぐちゃで、ゴールがどこかわからずズンズン不安になっていった。

私の作りたいものを作ることに、印刷担当(製本も担当)を巻き込んでいる罪悪感もあった。こんなに手間暇をかけたものをつくって、売れなかったらどうしようという不安が生まれた。いつもの制作過程から遠く離れすぎて、他人がどう思うかわからなくなって不安だった。不安が募ると決めることができなくなる。

コストも、需要も、効率も、すべて忘れて、ただ好きなものを突き詰めて作ってよいよ、と印刷担当が言ってくれたのが本当に有り難かった。

それでも絵がなかなか最後まで描けなかった。本文の印刷が始まっても描けなくて、自分がデザインする本の表紙を自分で描くのはとても苦痛だった。誤魔化しが効かない。でも私が欲しい絵が私しか描けなくて、苦しかった。

 

絶対に5月の文学フリマ東京に完成させたくて、体調の悪い中だいぶ無理をした。やまなしは5月からはじまり、5月は私の誕生月だったから。この機を逃したら、完成からも逃げてしまいそうな気もしていた。

やまなしの世界を何度もめぐって、自分の記憶の中も何度もめぐった。円環の世界が好きで、円の平等性が好きで、なめらかな形が好きなこと、いろんなことをぐるぐると思いながら描いた。

 

久しぶりに徹夜で作業をしたりした。製本はとても大変で、祈るように折り、祈るように糊付けをしていった。折って、塗って、乾かして…何度も繰り返して、やっと1冊完成したときに、『宝物を作ってしまった』と思った。

 

 本を作る、と決めた時に内容から創作することも考えたけれど、私は文字を読み、その世界を紙で、製本で、文字組で、ページネーションで、絵で、その作品だけの本の形になるよう思い描いていくのがとても好きで、それがしたかった。

私の思う「やまなし」の世界を表した本が完成して、それを買ってくれる人がいて、嬉しくてどうにかなりそうだった。買ってくれた人みんなに私の好きなポイントを語りたい気持ちになるけど、その人が手にして感じる世界がきっとその人の正解だし、私もその違う世界をまた知りたい。

本は続いていく。新しい誰かの世界に繋がって続いていく。私の世界は私だけのものだけれど、ちゃんと社会と繋がっていく。

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