製作記録

活版印刷やデザインなどの製作記録です

活版印刷を好きでいるために

新しく埼玉県に場を作ることになり、自分の足跡を辿っていた。どんな場にしたいのか、これからどう制作していきたいのか。そうしたことを考えているうちに、活版印刷についてを考えるようになった。


私が活版とデザインの工房を始めた頃、ちょうど活版ブームが一度落ち着いた時期だったように思う。「ブームは終わった」と言われることもあった。けれど、私にとっては終わったなんて感覚はなく、ただ活版印刷が好きだった。仕事にしたい、というよりも、ただ関わり続けていたかった。そのための場所を作りたいという感覚に近い。そして、こんなに素敵なのに、なぜ「終わった」と言われるのか、当時の私にはわからなかった。私の目には、活版印刷の魅力しか映っていなかった。

歴史も、仕組みも、作られる過程も、その場を支えている人も、そして今そこにある印刷物も。そのすべてが、ただ好きだった。


2014年は弘陽の三木さんのところへ、竹村と二人で活版印刷を習いに通っていた。何度か一緒に通ったあと、私一人で行った日に、三木さんに

「竹村さんのほうが印刷に向いている。あなたはデザインをやっていったほうが、この先困ることが少ないと思う」

と言われた。

印刷の仕事がなくなったときのこと、別の仕事を持っていたほうがいいこと、そして向いている人がやったほうがいい、ということ。

そういう話を、淡々とされた。私も自分の気質が、仕事として印刷をし続けることに向いていない、ということをわかっていたから、そう言ってもらえたことがあまりに腑に落ちてしまって、思わず吹き出したことを覚えている。

 

 

活版のいろはを一通り習ったあと、私は活版印刷がとりわけ好きなデザイナーとして、企画やデザイン、ディレクションの仕事に邁進していった。

すぐ隣で活版印刷機を動かし続ける竹村を横目に、私の活版印刷への思いは、頭の中でどんどん膨らんでいった。

あの頃は、活版印刷を知ってもらうこと、使ってもらうことが何よりも先だった。わかりやすく伝えるために、凸版でデコボコとした表情を活かしたアイテムを多く作り、さまざまなイベントに出ていた。活字組版のワークショップイベントも、精力的に行っていた。やがて紙ものブームが訪れ、かわいい活版印刷のアイテムが増えていった。

大きな文具会社も活版印刷の商品を出し、あちこちで活版を目にするようになった。素敵なものが増えていくのが嬉しくてたまらなかった。

その一方で、活字組版が少しずつ、なかったことにされていくような感覚に、小さな不安も覚えていた。

活版印刷をしている人にも、たくさん会った。どの人も、惜しみなく多くのことを教えてくれた。

私はもともと、本が好きで、文字が好きで、紙が好きで、デザイナーになった。活版印刷は、その「好き」が重なり合った、私にとって特別な存在だった。

 

 

素敵な活版印刷(凸版)のカードを目にすることが増え、海外の美しい印刷もインターネットを通して多く見るようになり、私の関心は自然と「文字を印刷すること」へ向いていった。

始めてから数年が経ち、さまざまな活動を通して、少しずつ収入が入るようになってきた。それまで金額的に手を出すことが難しかった活字組版の制作にも、ようやく着手できるようになった。

活字は、手間暇の問題もあるが、とにかく高い。初めての活字組版の作品は『銀河鉄道の夜』だった。全文を組むのは金額的に難しく、カードブックという形になった。それでも、私にとっては宝物のような制作物だった。

 


活字の良さを実感しながらも、依頼ではやはり、金額的にもデコボコとした凸版での印刷が多かった。それもまた活版印刷の魅力であり、そうした仕事が続いていった。

活字を使いたいと思いながらも、金銭的な理由や、求められるものとのバランスから、なかなかそれを勧められない状況が続いていた。どうすれば、もっと活字を使ってもらえるのか。どうすれば、デコボコ以外の活版印刷の魅力を知ってもらえるのか。

そんなことを、ずっと考えていた。

 


そして、コロナ禍で、仕事がパタリとなくなった。

ぽかんと時間ができてしまったけれど、作ることをやめることができなかった。活字を使いたいと思う私と、活字をもっと触りたいと思う竹村とで、「いま持っている活字で何かしよう」と話した。

持っている活字で、毎日のように俳句を組み、印刷し、それをネットにアップした。気づけば、百日以上、毎日刷り続けていた。活字で刷られた句は美しく、それを見るたびに、もっと活字を使いたい、という気持ちが少しずつ、確かに固まっていった。

 


だんだんとコロナ禍が落ち着き、仕事も少しずつ戻ってきて、私の関心は、よりはっきりと活字組版を用いた制作へ向いていた。

活字を使いたい。活字で文字を刷りたい。活字で、本を作りたい。

その思いが、以前よりも明確になっていた。


そんな中で、市谷の杜 本と活字館で講師の仕事の機会を得た。スタッフの方に、活版印刷や活字組版のいろはを教える立場になった。

私も竹村も、教える側になることへの不安は少なからずあった。それでも、共に成長していけたらと思い、さまざまな課題を考え、制作を重ねていった。教えるという緊張感もあり、活字について考え、学ぶ時間が圧倒的に増えた。

歴史をもう一度見直し、活字に触れる回数も、自然と多くなっていった。活版印刷や活字組版について伝えていくなかで、私の中で、活版印刷への思いはさらに強くなっていった。

活字組版の難しさと楽しさ、そして印刷されたものの美しさを観察する日々が増えていった。


コロナ禍以降も、紙ものブームはさらに加速していった。私が作らなくてもいいのでは、と思うほどに、活版印刷のアイテムを作る人は増え、作る場も増えた。

それでも、私はやめることができなかった。

私の思う活版印刷の魅力をまだ伝えきれていないし、自分自身でも見つけきれていないと感じていたからだ。この頃から、自主制作では活字組版を用いた制作の比重を増やしていった。

活字組版を使えば、どうしても制作費は嵩む。それでも、活字を使いたかった。そして、その魅力を伝えていきたかった。


活字組版で一冊の本を作る、と決めたものの活字組版に見合う本の形がなかなか決められず、活字を拾ったあとも、数年間そのまま置いてしまった。

デザイナーとして、そして活版印刷が好きな一人として、全て活字組版で本を作るということには、大きなプレッシャーがあった。

考えて考えて、経験と知識、そして私の「本が好き」という気持ちと、「活版印刷が好き」という気持ち、そのすべてを包括して、悩んで、また考えて、私の中でこれ以上ないと思える出来栄えの『やまなし』が生まれた。

出来上がった本は、あまりに美しくて、私の活字組版への思いも、活版印刷への思いも、さらに深まってしまった。


『やまなし』を作り、活字組版の魅力をさらに知り、私としては、もう本当に満足だった。あれ以上の活版印刷の本は作れない、とすら思った。

それでも、『やまなし』を見た人から「活版なのにデコボコしていない」と言われることもあって、なんだか途方に暮れてしまった。いろんな人がいるのはわかっている。いろんな魅力があるのも、わかっている。でも、活版印刷は、あまりにデコボコの印刷として広がり続けている。それを止めることはもうできないこと、止める人もいないことが、苦しかった。

 


活字組版の美しさは、文字が並ぶその揺れの中にある。ひとつひとつの文字というよりも、紙の上に生まれる空気のようなものが、美しいのだ。

写真にはうまく映らないし、映らなくて良いとも思っている。

印刷する以外の立場から10年以上活版印刷について考えた。

美しく印刷が至上とされる印刷業界で、私は美しく刷らないこと、摩耗する様子を見続けることを選ぼうと思った。印刷しない私だからできること。そう思い、いつか朽ち果てるとしても、制作実験をはじめた。

 


実験のために久しぶりに刷り続けて、印刷機を動かし続けた。100枚、200枚と刷り続け、活字は全く磨耗しなくて、力尽きそうになりながらもその強さに笑ってしまった。500枚刷ったところであまりに活字の摩耗が起きず、印刷機のセッティングを変えてもらい、より摩耗しやすい形にして印刷をした。嫌々セッティングを変えてくれた竹村には感謝しかない。そこからまた300ほど刷り、合計で800枚ほど刷った。体を動かす、印刷は楽しかった。私が印刷をする人間だったら、こんな考えすぎの実験なんてやることはなかっただろうなと思った。

正直、印刷担当が羨ましい時が多かった。私の活版印刷への関わり方はなんだかおかしくて、自分でも変に捻くれてしまった自覚はある。今回の実験制作は、そんな私の積み重ねた年月の上に成り立っている。

 


この制作実験をすることがない未来が良かった、とすら思ってもいる。私はずっと活版をただ好きで、かわいい、綺麗と紙の上に生まれる表情に一喜一憂するデザイナーのままでいたかった。

でも、私はこの制作実験をして、この冊子を作ることを決めた。

私がこれからも活版印刷を好きで、作り続けていくために、言葉にして、形にして、まとめておく。

明日からも活版印刷について考えて、作り続けていく。

ずっと、作り続けていく。

 

冊子はこちらから↓

https://kappan.stores.jp/items/696f4d02e6bd9507a76fb486

それでも文字は読まれ続けるのか ――活版印刷の実験制作

好きだった雑誌は、いつの間にか廃刊になり、

好きだった漫画は、紙の単行本が出なくなった。

私自身も、気づけば電子で読むことが増えた。

 

それでも私は、まだ本を買っている。

 

重たいと愚痴りながら出先で本を買い、

本棚に「実体」として並んでいることに、どこか安堵している。

 

私は2014年から、活版印刷とデザインの工房を続けてきました。

印刷業界が縮小していく中で、「なぜ活版印刷を?」と聞かれることは少なくありません。

 

活字は摩耗し、紙は廃番になり、資材は値上がりを続ける。活版印刷は、やがて「古い技術」として保存されるものになっていくのかもしれません。

 

それでも私は、紙が好きで、文字が好きで、

印刷という行為そのものが好きです。

 


今回の制作は、活版印刷の「美しさ」を目的としたものではありません。

活字が摩耗し、欠け、印圧やインク量の揺れによって文字の表情が変わっていく過程そのものを、

印刷物として残すための「実験」です。

 


最初の数枚は調整を行いますが、その後は均一さを求めることをやめ、活字と紙のあいだで起こる偶発的な現象を、積極的に受け入れながら刷り続けています。

文字の擦れや欠けは失敗ではなく、活字という物質が、紙の上で生きている痕跡だと考えています。

 

 

実験に用いた文章は、宮沢賢治『ポラーノの広場』の一節です。

 

文字が欠けても、摩耗しても、それでもなお「読まれていく」文字たち。

活字という物質の揺らぎと、読むという行為が互いに補完し合う関係を確かめたいと思いました。

 

活字は摩耗し、やがて使えなくなります。

印刷された文字も、完全な形を保つことはありません。

 

それでも、紙の上に現れた文字は、

読む人の中で補われ、意味を持ち続ける。

活字を摩耗させることは、

同時に活字を生かすことでもある。

 

 

本作は、こうした実験に至る経緯や考えをまとめた冊子と、

実際に印刷実験を行った活版印刷カードによる作品です。

 

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「活版TOKYO2026」出展情報

会期
 2026年1月16日(金)12:00〜19:00
 2026年1月17日(土)・18日(日)11:00〜17:00
会場
 神保町三井ビルディング、テラススクエア
 (※2会場開催)

まんまる〇は三井ビルディングにて出展しています。

※出展は3日間行いますが、

今回の制作実験作品の販売は1月17日(土)からとなります。

 

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活版印刷による実験作品カードと

制作実験についての思考をまとめた文、

『ポラーノの広場』全文を収録した冊子のセットでの販売です。

 

実際に手に取り、紙の重さ、凹み、文字の揺らぎを感じてもらえたら幸いです。

 

まんまる〇 若林

間をつくる

2026年もよろしくお願いします。

2014年の初頭、新宿のアパートの片隅に一台のテキン(手動印刷機)を置いたことから、私たちの活動は始まりました。

当時は活版印刷の工房を本格的に始めるなんて夢にも思わず、2016年に荒川区で工房を構えた時も「本当にやっていけるのだろうか」と、不安でいっぱいだったことを昨日のように覚えています。

そこから無我夢中で走り続け、たまに転んだりもしながら、気づけば今年、工房開設10周年という節目を迎えました。

 

この10年の間に、社会も、活版印刷を取り巻く環境も大きく変わりました。活版を知る人が増え、使われる場が広がる一方で、紙の値上がりや、紙媒体そのものの減少といった現実もあります。

そんな中で、私たちがこれから工房として、活版印刷に携わる人間としてどう在るべきか。

辿り着いた2026年のテーマは、「間をつくる」です。

ただ受注して印刷するだけではなく、誰かの「作りたい気持ち」と「実際の制作物」の間を、より豊かに、より丁寧に紡いでいける存在でありたい。

そのために、知る場、見る場、話す場、そして体験する場。そうした多層的な「間」をつくっていきたい考えています。 

 

私自身についても、ひとつの変化があります。

それは、これまで以上に「自分の人生を灯すもの」を作っていきたいという想いです。

自分が心から欲しいと思うもの、人生を送る上でなくてはならない「生活の共」となるような本や印刷物。

私が自分のために灯した光が、結果として、それを必要とする誰かにとっても灯りのような役割を果たせたら、ほんとうに幸いです。

 

変化が激しいこの10年、長くこの場所に居続けられたことには、言葉に尽くせない感謝でいっぱいです。

そしてこの先の10年をどう歩むか、変化を厭わず、自分たちの手で新しい「間」を構築していければと考えています。

詳細は追ってお伝えしていきますが、2026年のまんまる〇も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

まんまる〇 若林

変化と再構築

 2025年の始まりは、荒川区の工房にある10坪の倉庫整理、移転でした。

2024年末に小川町に倉庫兼仕事場を契約し、それまで都内に2か所借りていた工房と倉庫のうち、倉庫を小川町に移したのです。

しかし、2024年内で終わる予定だった作業が全く終わらず、年を跨いで元旦から片付けをしていたのも、今となっては良い思い出です。拠点整理から始まった2025年は、居場所の「再構築」を象徴していたように思います。

 

•二拠点生活と体調

そんなわけで始まった、荒川区と小川町を往復する二拠点生活。片道約2時間の移動は、想像以上に私たちの体力を削りました。私自身の持病はもちろん、体力の鬼こと印刷担当・竹村もまさかの体調不良に(幸い、すぐに治りましたが)。

そんな過酷な状況下でしたが、どうしても5月に完成させたかった『やまなし』の制作に励みました。初めて販売した文学フリマでは多くの方に手に取っていただくことができ、とても嬉しかったです。

そして6月は、宮沢賢治の生まれ故郷である盛岡での文学フリマに参加しました。体調が不安定な中でも「どうしても作りたい」という創作への純粋な気持ちが、日々の制作を支えていた気がします。

•決断の夏

転機は、8月の酷暑の中にありました。

関越道を走る車の中、あまりの暑さに頭も体も破裂しそうな感覚に襲われ、「拠点を完全に小川町へ移そう」と決意しました。

冬に移転してから、春、夏と過ごす中で、小川町の暮らしを2人ともとても気に入っていました。この「和紙の里」に工房も移そうと決意して物件を探し始め、9月に契約。12月にはようやく生活のベースをすべて小川町へ移し、埼玉県民となりました。

 

•2026年、10周年の節目に向けて

今年は変化に翻弄され続けた一年でした。

ただ、変化の波に溺れることなく制作ができたのは、小川町の自然に身を置き、季節の変化を感じながら自分自身を深く見つめることができたからだとも思います。様々なことを再構築しながらものづくりについて深く考える1年となりました。

 

体調面でご心配をおかけした皆様には深く感謝いたします。そして、共に奔走してくれた印刷担当の竹村にも。

 

2026年、荒川区に工房を開設して10周年を迎えます。新しいお知らせなどもまたありますが、来年も淡々と作っていければと思います。

 

まんまる〇若林 2025年大晦日

好きな本を作る

好きを仕事にして約10年、気づいたら好きなものがよくわからなくなっていた。

活版の良さを伝えるサンプルを作る感覚で、オリジナルアイテムを作り始めた。文具大好きというタイプではない私にとって、その制作は仕事としての側面が大きかった。販売することを考えたり、良さをどう伝えるか、など自分の好き以外を優先することも多い。

好きなテイストでも売れなければやめてしまうし、売り場に並んだときに見映えしないものは制作を断念したり。使いたい紙が高すぎて諦めたり、これは売れるのか?と悩んで方向性を変えることは少なくなかった。作った以上は売れなくてはならない。売れたら仕事は続けられ、また新しいものを作れる。自分のデザインが売れるのは嬉しいし、作り続けたいから、この判断は間違いではない。それでもずっと違和感があった。今まで作ってきたものはどれも製品として満足していて、胸を張って良いものだと言えるけれど、私だけが知っている意図や諦め、方向転換があって、手放しに「好き」と言えるものはなかった。

 

コロナ禍をきっかけに、考える時間が増えた。ものづくりについて、売ることについて、活版について、社会について、自営業について、生きていくことについて、いろいろ考えた。

SNSがうまくできなくなって、本もあまり読めなくなって、考えが空中分解していくような日々を経て、それでも考えていた。考えが少しずつまとまり、社会を見直して思ったのは、「好きなものを作りたい」ということだった。

 

私は小さい頃からひとりでいる時間が好きで、「誰にも理解されない」という安心を宝物のようにずっと握りしめている。

大人になるにつれ生きづらいと思う回数は増えた。でも本を読むときはいつも一人で良いし、作者と意見が違っても作者から怒られることもない。そこにいない人にひとりで共感し、その人の気持ちを見て私と違う考え方なんだなぁと知る。孤独で自由で楽しい。本は、作者と理解し合わなくて良い。違いを知り、楽しむことができる。

 

誰にも理解されなくても、ただ好きだと思えるものを作らないと私がだめになってしまう。

とにかく自分のために、大好きな活版印刷で、ずっと好きだった宮沢賢治作品を、小さな頃から好きな本を作ることを決めた。

 

宮沢賢治作品が好きな理由の一つが、ことばとしての気持ちよさだ。国語の音読がとても好きだった。教科書の文字が声にのって形になって、世界になって溶けていく気がして好きだった。

雪渡りを国語の授業でやったときに、宮沢賢治という作家が好きになった。

宮沢賢治の作品は、文字がそのまま風景になり、世界になっていくような感覚がある。

雪渡り、月夜のでんしんばしら、オツベルと象、風の又三郎…活字のやわらかな雰囲気と合う世界とはなにか、、、

宮沢賢治の作品を何度も読んで、『やまなし』にしようと決めた。

 

『やまなし』は販売価格を決めずにとりあえずスタートした。販売価格が決まると予算が決まってしまう。予算のために諦めたり変更したくなかった。自分に嘘偽りなく好きだといえるものを作るために七転八倒した記憶はあれど、諦めたことはひとつもなかった。

紙選びも、製本方法も、サイズも、文字組みも、印刷も、絵も、表紙も、本という形にするいろんな要素を私の思うやまなしの世界に合わせて選び取っていったけど、すごくめんどくさくて大変で、本当に完成するのだろうかと途方に暮れた。一回決めたものを覆すことも何度もあったし、効率がよくないことだらけだった。最終的に販売するつもりとは思えないほど道のりはぐちゃぐちゃで、ゴールがどこかわからずズンズン不安になっていった。

私の作りたいものを作ることに、印刷担当(製本も担当)を巻き込んでいる罪悪感もあった。こんなに手間暇をかけたものをつくって、売れなかったらどうしようという不安が生まれた。いつもの制作過程から遠く離れすぎて、他人がどう思うかわからなくなって不安だった。不安が募ると決めることができなくなる。

コストも、需要も、効率も、すべて忘れて、ただ好きなものを突き詰めて作ってよいよ、と印刷担当が言ってくれたのが本当に有り難かった。

それでも絵がなかなか最後まで描けなかった。本文の印刷が始まっても描けなくて、自分がデザインする本の表紙を自分で描くのはとても苦痛だった。誤魔化しが効かない。でも私が欲しい絵が私しか描けなくて、苦しかった。

 

絶対に5月の文学フリマ東京に完成させたくて、体調の悪い中だいぶ無理をした。やまなしは5月からはじまり、5月は私の誕生月だったから。この機を逃したら、完成からも逃げてしまいそうな気もしていた。

やまなしの世界を何度もめぐって、自分の記憶の中も何度もめぐった。円環の世界が好きで、円の平等性が好きで、なめらかな形が好きなこと、いろんなことをぐるぐると思いながら描いた。

 

久しぶりに徹夜で作業をしたりした。製本はとても大変で、祈るように折り、祈るように糊付けをしていった。折って、塗って、乾かして…何度も繰り返して、やっと1冊完成したときに、『宝物を作ってしまった』と思った。

 

 本を作る、と決めた時に内容から創作することも考えたけれど、私は文字を読み、その世界を紙で、製本で、文字組で、ページネーションで、絵で、その作品だけの本の形になるよう思い描いていくのがとても好きで、それがしたかった。

私の思う「やまなし」の世界を表した本が完成して、それを買ってくれる人がいて、嬉しくてどうにかなりそうだった。買ってくれた人みんなに私の好きなポイントを語りたい気持ちになるけど、その人が手にして感じる世界がきっとその人の正解だし、私もその違う世界をまた知りたい。

本は続いていく。新しい誰かの世界に繋がって続いていく。私の世界は私だけのものだけれど、ちゃんと社会と繋がっていく。

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2026活版印刷カレンダー

活字組版でカレンダーを作り始めて4年目、今年のテーマは季節の暮らしです。季節の移り変わりについては毎年のカレンダー制作で意識はしていますが、今年はイラストモチーフ(凸版)を月ごとに添えることにして、かなり気を揉みました。

 

「季節」を毎年テーマにはしていますが、モチーフも描こうと思ったのは私の中で季節の風景がよりはっきりと輪郭を帯びたからです。昨年末から荒川区と埼玉県小川町の二拠点生活をしています。小川町は埼玉県の北西部にあり、わかりやすくいうと秩父より少しだけ東京よりの町、という感じでしょうか。特筆すべき町の産業は手漉き和紙です。四方を山に囲まれてた山間の町は、季節ごとに風景がずんずんと変わります。

 

私は生まれ育ちは海町で、進学で東京に出てきたので山の暮らしは人生初めて。この一年弱は山の自然の変化の多様さが本当に面白くて、外に出るたびに変化する空や山を見ては、宮沢賢治作品の世界に放り込まれたような気持ちになっていました。山って、自然の変化が本当にすごいですね。

と、語っていますが季節に敏感な丁寧な暮らしをしているわけではなく、基本はどこに暮らしても部屋にこもり気味で、たまに散歩をしては季節の変化に驚くのはどこに暮らしてもあまり変わりませんでした。ただ山暮らしでは変化の幅がわかりやすくなって、見る機会が増えたというか…。手元の画面を見ながら過ごす時間が増えすぎていたけど眼前に広がる景色があまりに大きく広くなって、見ざるを得なくなったというか。

どこに暮らしてもつぶさに季節の変化を見つけることができる人もいるかと思います。ただ、忙しなく変化する日々にいっぱいいっぱいで、気づけば季節が飛んだように変化している人も多いはずです。すこしでも季節の暮らしを感じたり、思い出すような端物になればと思い、モチーフを選び描きました。

今回の印刷色は和の色から選んだのですが、植物や風景など名前の由来が季節ごとに浮かぶのが文学的に感じられて和の色を選びました。

ここ最近は社会の変化が目まぐるしく、なんだか和という言葉を使うのが少し重たい気持ちになりました。どの世界にも素敵な色は溢れていて、私は身近な和の色を選び取りました。

まんまる〇をよく知っている方は、私(デザイン担当)が12枚も絵を描こうと思ったのはかなりの進歩というか、変化だと思ってくれるのではないでしょうか。自分ではとても驚いています。

12ヶ月の季節の風景をお楽しみください

 

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一月は白銀色。新年、雪、日の出をイメージしたモチーフです。


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二月は紅梅色。色名そのままモチーフも春の知らせの梅を。東京に住んでいる時は桜が春の花のイメージでしたが、小川は梅の方が見かける気がします。


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三月は菜の花色。

春に見かける黄色い花々は太陽の雰囲気のようで好きです。

 

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四月は若葉色。山の春〜夏にかけての緑の爆発具合たるや。雑草もぐんぐんと。

 

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五月は藤色。紫の花は初夏に多いですね。薔薇色とも悩んだのですが、薔薇色ってなんか違う意味合いがでてくるので藤色にして、モチーフはバラにしました。ツバメ、かなり近くを飛ぶためビビリの私は苦手です。


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六月は若竹色。モチーフは青梅です。

梅雨は苦手なのですが、青梅がたわわに実るところやスーパーに梅仕事コーナーができると季節を感じます。


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七月は水縹。モチーフは川です。

縹は藍色の仲間ですが、藍色より明るい青色です。 藍染の藍色の汁が糸に漂う様子を表していたのが由来とのこと。縹色をさらに水で薄めたような明るい水色で涼しげにしました。


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八月は藍色。モチーフは夜の海です。

私は静岡県の最南端近くの町で生まれ育ちました。電車は通っていない車社会の地元から、高校〜浪人生活の間、静岡市まで片道1時間ほどのバスで通学。帰り道はだいたい真っ暗で、地元に近づくにつれて砂浜沿いを走るバスの窓から見る夜の海が好きでした。

 

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九月は黄金。 稲穂が実る色とのことです。

たわわに実る稲穂と太陽とも月とも見える光、そして雀のモチーフです。雀は紋様はいろいろありますがどれも、本当に丸々としていてかわいくて…。しかし、秋の始まりを感じるものから、酷暑の終わり感じるものになりましたね。


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十月は白橡。しろつるばみ!

今回のカレンダー制作にあたり、色についての本をあれこれ読んだのですが橡が読めず。橡色は昔からある色で派生色も多くあります。どんぐりのことでした。でも、調べているとどんぐり色も存在するのでまた調べ…橡(つるばみ)族はどんぐりを元に染めた色、どんぐりはどんぐりそのものの色で近年できた色とのこと。なるほどなるほど。

小さい時に拾ったどんぐり、ポケットに入れていたら服が煤汚れた感じになったのは色素のせいなのか土のせいなのか。


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十一月は紅葉。モチーフは紅葉並木。東京に出てきてから秋の紅葉シーズンの並木の美しさに毎年感動しています。東京都のマークが銀杏の葉なのも納得…。都市の中で感じる季節の風景も大好きです。


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そして十二月は墨色。モチーフは冬の夜空です。

星を見るのが小さい頃から好きです。天体や星座に詳しいわけではないのですが、見上げればいつでも美しく輝く星があって、違う世界に飛んでいけるような気がします。冬は空気が澄んでいて見える日も多いからか、見上げる日が多いような気がします。

いつもそこにある安心感と、とてつもなく離れている孤独と、地球の誰しもに平等な星々が好きです。

 

一二枚の絵を一気に描くのはデザイナーとしてはかなり大変でしたが、最近は絵を描くことが前より楽しいです。フリーランスになって10年以上経ち、自分の創作についての方向性も変わってきました。

 

活版印刷の小さなカレンダー、ぜひ暮らしの小さなお供にしてもらえたら嬉しいです。

 

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まんまる〇若林

 

イベントに出て良かった話

5月に文学フリマ東京に参加しました。

当日、遅刻ギリギリになってしまいスペースの写真撮れず…

やまなしの販売を5月にしたい!という願いが叶いました。初めての方も、久しぶりにお会いする方などもいて嬉しかったです。

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そのあとは6/15に文学フリマ岩手にも参加。

宮沢賢治の出身地のイベントに出たい!と勢いで申し込みました。すごく楽しかったです。

8年ほど前にモレスキンに活版印刷で名入れする、というイベントをロフトやハンズ、丸善、伊東屋などの店舗で多い時はほぼ毎週末どこかで開催していたのですが、その時に名入れした!という方が来たりして興奮しました。

まんまる〇の工房に立ち会いに来たことある、という方も!盛岡の地でたくさんの方とお話しできて嬉しかったです。

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そして6/22にお茶の水で開催するゆるやか倶楽部も参加します。こちらは気心の知れた作家さんたちとゆるく開催する体験や会話を楽しめるイベントです。

 

最近忙しくてオープンアトリエはできていないのですが、イベントに来てくださる方と話して、作ったものを直接みてもらえるのやはり良いな〜と思いました。

 

紙からできる面白いことをさまざまな角度から考えてものづくりをしているので、直接手にしてもらって感想を聞いたりこだわったところを話せる会話がすごく嬉しいです。活版印刷、紙、デザイン、そのほかいろんなこだわりや実験が詰められています。こちらから語らなくても素敵と思えるものを目指していますが、語りきれないほどこだわりがあるので話せる場は嬉しいです。

 

というわけで、6/22ゆるやか卓上クラブは販売と会話ベースで〜と思ってましたが、他の参加作家さんがみんなワークショップをやるのでうちも急遽やろ!と思い、小型活版機で印刷体験をします!よろしくお願いします!

 

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